驟雨

2015年05月14日 21:47

大富橋の方から夕立が来るのが見えた。

広い三目通り(みつめどおり)には車がまばらである。お盆の時は東京からたくさんの人が流出して、帰る所のない東京っ子だけがさびしく取り残される。

さっきまで晴れていたので傘を持っていない。車道と歩道の境目のあたりからしぶきが上るのが遠目に見える。あと数分もすればどしゃぶりの中に取り込まれるであろう。見渡したところ、借りられそうな軒先もない。

工業高校の正門のところに電話ボックスがある。そこにとりあえず避難することにした。

東京の夕立は激しいが、少し待てばかならずやむので、雨宿りの場所さえあればそう困ることはない。電話ボックスで雨が上がるのを待つ。

水煙にとりかこまれたと思ったとき、橋の方から走ってくる影が見えた。黒い服を着た小太りの年配の男だ。雨に追いつかれて濡れ始めている。雨宿りの場所はここしかない。雨は男を追い越して菊川の交差点へ向かって疾走する。男は速くもない走り方で近づいてくる。

電話ボックスの扉があいて男が転がり込んできた。狭いとはいえ、男二人は入れる大きさである。

とりあえずの型どおり「すごい雨ですねえ」の一言から会話が始まった。男の話から、今日が終戦記念日だということを思い出した。男は昔の連隊の集まりに出ていたと話した。「もうだいぶ集まるもんも減ってねえ」、と男は言う。

「ところであんた、安田っていう家知らないかなあ」

「この辺ですか」

「うーん、このあたりだと思うんだ。工業高校のあたりだったから。」

「工業高校ってそこですよ。ぼくは下宿住まいだから、近所の人はあんまり知らないんだけど。」

男はしばらく考えている。

「このへんに材木屋がないかな。」

材木屋なら下宿の裏である。

「そこだよ。そこんところだ。どこらへんになるかなあ。」

「これから帰るところだし、一緒に行きましょう。」

雨が上がってくる。まだ少し降り残しているが、男は早く行こうという。

工業高校の脇を抜けて、路地に入ったところで材木屋が見える。男はめざす家がわかったらしく、礼を言って路地に面した玄関のある家に入って行った。 夏場で玄関があいたままである。男は奥から出てきたおかみさんに「××です、安田は?」と聞いていた。沈黙と、そしておかみさんのはっとした顔が最後に見えた。

夕立は上がった。終戦記念日に人は集い、そうして会えないこともある。