蝶談義

2015年05月14日 21:45

だらだらと蝶談義をしようと思う。

私たちの年代は、たいてい小学校の低学年のときに植物採集か昆虫採集をやらされている。植物と昆虫とどちらと言われて昆虫採集を選んだのは、ファーブル昆虫記を何度も読んでそのすばらしい虫の世界に魅了されていたことも原因だったか。

私の通った小学校は東京都内にあったが、低学年のころはまだ川にめだかが泳いでいたし、植物や昆虫を見つけるのに苦労はいらなかった。木登りに最適なイチョウの木があり、そこに登るのはジャングルジムに登るよりもずっと楽しかった。そんな時代である。

さて、小学校のうちは虫と言ってもやっぱり蛾や蜂なんかはごめんをこうむりたかったので、自然と蝶に興味が向いた。通学路の「からたち」の垣根にア ゲハチョウの幼虫がたくさん這っていて、それをつつくと青臭い薬品のような匂いがしたりする。その幼虫をつかまえて飼ったりもした。初めのうちは黒っぽい が、やがて緑色になって、その色のままのさなぎになる。ある朝気がつくとそのさなぎがアゲハチョウの色になっていて、背中が割れて蝶が出てくる。さなぎか ら出た蝶は予想に反してすばやい動きを見せ、少し離れたところに走りこんでから羽をのばしていた。

高学年になって採集の宿題がなくなり、多くの連中がやめてしまったあとも、しつこく蝶の採集を続けた。5年生の時におやじの転勤にくっついて九州に 行ったが、そうすると今まで見たことのない蝶が飛んでいる。まるで美人に出会ったときのように心が弾んだ。東京にはいない「みやまからすアゲハ」や、南方 に多い「ながさきアゲハ」、めったに見られない「みかどアゲハ」などを捕らえたときには、その後も経験したことのないような興奮にみまわれたものである。

ここ灘崎町に来て、心がときめいた蝶というと「いしがけ蝶」が挙げられるだろう。近くの山のふもとでひらひらと飛んでいたのを手でつかまえてしげし げとながめることができた。へたくそがかいた画のようなくねくねした黒い線が白い地を縦横に区切っている。なかなかユニークな模様を持った蝶である。

貴重な蝶なので、ながめるだけながめたあと、そっと放してやったが、その後二度とお目にかかっていない。個体数はそう多くないのであろう。細々とでも生き延びていてくれていることを願うばかりである。

じゃこうあげはも貴重な種であるが、通勤途上のある場所でここ数年多数発生しているのに出会っている。蝶談義が通じる友人がたずねて来たときにその 話をしたら、それを見たいもんだとしきりに言っていた。残念ながらスケジュールが合わず、じゃこうアゲハ見物はできなかった。さらに残念なことに、昨年そ のあたりが切り開かれて住宅が建った。もはやじゃこうあげはは見られないのではないかと心配している。

度々出会っているのに一度も捕まえられない蝶がもんきアゲハである。黒くて、後羽に黄色い紋があるのが特徴で、飛ぶのが速く、身のこなしがよく、つ いにこれまで一度も捕らえることができなかった。この歳になってもこの蝶に出会うたびにつかまえようとするのだが、くやしいことに一度も成功していない。

年をとって偏見がなくなったのか、蛾にも愛着が出てきて、大きな蛾を手で捕まえたりするのも平気になった。もっとも蛾は蝶ほどの運動能力がなく、素手で捕まえることがけっこう容易である。

蛾の世界はファーブル昆虫記に詳しい。「やままゆが」の章は、たった一匹のメスをめがけて多数のオスが乱舞する光景がえがかれていて大変に印象的である。やままゆがはこのあたりでも見られるが、フランスのそれと同じものであるかどうかはわからない。

今では蝶を収集しようという気はないが、美しい蝶に出会うとやっぱり胸がときめく。先日シンガポールを訪れた際、すばらしい昆虫博物館を見た。ケー ジの中にたくさんの南国の蝶が飛んでいて、長い間あきずに眺め続けた。特に美しかったのは前羽根が黒く後ろ羽根が黄色いアゲハ蝶であった(名称はよくわか らなかった)。また、バティック蝶というのは、本当にバティックの色彩をしていて印象深かった。

黒と黄のアゲハ バティック蝶

 

ところで最近あまりモンシロチョウを見ないように思う。

モンシロチョウとキャベツの栽培とは密接な関係があるそうだから、キャベツの栽培が高度化してモンシロチョウのつけ入るすきがなくなったといったよ うな事情があるのではなかろうか。子供の頃、モンシロチョウはすずめと同じようにそこいらじゅうにいる蝶であった。モンシロチョウの退潮のあとを引き継ぐ 蝶はまだ現れない。

日本の蝶で最も美しい蝶を挙げよと言われたら、アサギマダラを第一に推すだろう。前羽根は黒地に白、後羽根は紫っぽい褐色の地に白で模様が描かれて いて、派手ではないがほれぼれするような色の調和をかもし出している。残念ながら図鑑などで見る色は現物のそれを表現できていない。飛び方も大きな羽根を 生かしてあまり羽ばたかずに滑空し、優雅でありながら速い。

アサギマダラは少し深い山の方へ行けばそれほど珍しいチョウではない。日本国内を数百キロも移動する例があることも知られている。出合ったときにはぜひよく見てほしい蝶だ。残念ながら私の撮った写真がないが、蝶や自然をテーマにしたホームページなどではよく登場している。

最後に、音楽関係者の方には下のバイオリン虫に興味があるのではないだろうか。木の細い割れ目に入るためにこのような、うすべったい体になったのだとか。これもシンガポールの博物館ではじめて見た虫である。

バイオリン虫