ウォーターハウス先生のこと

2015年05月12日 23:15

恩師の佐藤先生はなかなかよくしゃべる方である。学術的なことから、スポーツ、文芸に至るまで、御自分の意見を持っておられ、他の人も先生と同様に 基礎知識があるものと信じておられるような調子で話される。いったん言葉が出ると途中で口をはさむのはなかなかむずかしい。それだけおしゃべりでありなが ら、決していやみでないのは、佐藤先生の人柄とともに、話される内容が濃いことによるのであろう。

あまり会話が得手でない私のような人間にとって、佐藤先生と会話で対抗するのは、はなからあきらめざるを得ない。ましてやスポーツや専門知識などは 佐藤先生にとうていかなわないから、趣味の音楽ぐらいで対抗したいところなのだが、先生は音楽はほとんどたしなまれず、この方面での話題が我々の間に上が ることはまれであった。

あるとき、佐藤先生のそのまた先生であるウォーターハウス先生が佐藤先生を伴って我が家に見えたことがある。ウォーターハウス先生はノッチンガム大 学で教鞭をとっておられ、すでにかなりご高齢であった。その堂々としたたくましい体格とは裏腹に、先生は私がお会いした中で最も心優しい人であると言って よい。

我が家へ向かう車の中でかかっていた音楽をしばらく聞いていたウォーターハウス先生は、それがロッシーニのウインドカルテットであることを言い当て た。このあまり知られていない曲を知っているからにはかなりの音楽通に違いなく、事実ご自分でもピアノを弾かれるということがわかった。
我が家での宴会が一段落したころ、私と家内とウォーターハウス先生の三人でピアノトリオを合奏することになった。三人はモーツアルトのト長調のトリオを選 び、合奏を開始した。ウォーターハウス先生は初見であったせいか、多少つまりはしたものの第一楽章を無事弾き終えることができた。佐藤先生はすかさず拍手 をし、我々も楽器を下ろしてくつろぐ体勢に入とうとした、そのとき、ウォーターハウス先生はゆうゆうと第二楽章の美しい旋律を弾き出したものである。私と 家内はあわてて第二楽章に参加し、長い長いカンタービレを弾き終えた。佐藤先生はここを先途とふたたび拍手をしてくれたが、ウォーターハウス先生はそ知ら ぬ顔で第三楽章に突入してしまい、結局二十分以上もかかる全曲を演奏し切ってしまった。

さすがの佐藤先生もウォーターハウス先生を止めることはできなかった。